ウラゲッチョ!
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リベンジコード
SCENE2:襲撃

 レオンは怒っていた。
 自分の愚かさに。自分の人の良さに。自分のヘタレ加減に。
 そして――
「ずぇってー許さねぇぇえええええ!!」
 こんな朝っぱらから、こんなだだっ広い平原を歩かされる原因を作った、レオンの親友に。
 朝といっても、まだ地平線に太陽が見えるか見えないかという状態なのだが。
 レオンは朝が嫌いだった。
 持ち前の低血圧が、眠気という重圧感を容赦なくまぶたに叩きつけるからだ。
 それに加え、まだ日の昇らない内から歩き続けて、足は容赦なく重くなっている。鉛のような疲労感と眠気のダブルパンチが、このイライラに拍車をかけていた。
「絶対に泣かしてやる! 今度という今度は泣かしてやる!」
 むしろ半泣きになっているのは、レオン本人であるのだが。
「何もあんな真夜中に追い出さなくても良いじゃねえかよ。だいたい、ありゃオレのせいでもないし……」
 いや、ある意味、自分のせいではある。
 あの時、まんまと騙されて巨大巾着の餌食にならなければ、親友に逃げられる事などなかったのだ。
 その後、脱走の支援をしたなどという濡れ衣を着せられる事などもなかった。
 そして、責任を取らされて冷え切った空気の中、猟銃のみで村を追い出される事も……。
『あのクソ坊主を連れ戻すまで、1歩たりとも村の土地を踏むなぁぁあああああ!!』
 やたらと唾が飛ぶタラコ唇を思い出し、レオンは軽い頭痛を覚える。
 何となく、「ああ、母親似で良かったな」などと思ったが、頭痛を打ち消すには何の効力も持たなかった。
「やっぱ、ガンマスターのところに行った方が良いかな」
 1人で、しかも徒歩で、この平原を渡るのは至難の業だ。余程の手足れならまだしも、生憎レオンは、たまに父親の猟に付き合う程度の実力と経験しか持ち合わせてはいなかった。
 そうなれば、熟練した銃の腕前を持つ人間を護衛につけるより他ない。
 そして、護衛として目星のつく人間は、レオンの知っている限りでは、ガンマスターと呼ばれている男だけだった。
 ガンマスターというのはもちろん俗称で、本名はエンと言ったか。あまりよく覚えてはいないが、この国では聞き慣れない名前のため、村人が勝手に俗称をつけてしまった。
 つい数ヶ月前に、村から少し離れた場所に勝手に小屋を建て、勝手に住み始めた。とにかく銃の腕は立つため、たまに村人が街へ行く時に護衛をしたり、銃の扱いについて指導したりしている。あの夜の見張りも、ほとんどがその男の助言で成り立っている事も、村長の息子であるレオンは知っていた。
 村に貢献しているのは確かだ。
 しかし、もともと保守的なミルフの村人たちには受け入れ難かったらしい。今もつかず離れずの距離を保っている。
 表向きは、単なる放浪者なのだが、レオンは彼の正体を知っていた。
 更には、彼がここに着た理由も、ある程度なら。

「あ〜れえ?」
 前方に辛うじて見える猟師小屋は、灯り1つ点す事もなく、薄闇に紛れてしまっていた。
 普段なら、夜間はずっと玄関のランプを点けっぱなしにしてあるはずなのだが。
「いない……なんて事はないよなあ。こんな時間に」
 一抹の不安を感じながら、小屋のすぐ近くまで来た時、突然の閃光に視界が奪われた。
 それと同時に、腹の奥まで断続的に響く低音が聞こた。
 微かな空気の流れに混じる油の臭いが鼻をつき、思わず顔をしかめる。
 そして、あまりの眩しさに手をかざして、顔を背けているところに、草色のボンネットが飛び込んできた。
 とっさに避けたから良かったものの、あのまま足がすくんでしまっていたら、完全にはねられていた。
「おービックリしたー。危ねえじゃねえか。こんなところに突っ立ってちゃあ」
「危ないのはお前だろーが! いきなり突っ込んで来やがって!」
 危うく人身事故を起こすところだった。ジープの運転手に向かって、レオンは怒りを込めて睨みつけた。
 が、腰を抜かした状態で涙声のまま怒鳴ったところで、凄みなど伴うはずもない。
「いやあ、悪い悪い。急いでたもんだから」
 人をひきそうになったのにも関わらず、この小屋の主は、のん気に頭を掻きながら笑っている。
「どこ行くんで、すか……」
 怒りを必死に抑えながら、レオンが視界を助手席にまで広げた時だった。
 ようやく視界に入った、小さな影。見なれたつんつん頭が、間にいる大男に隠れるように縮こまっている。
 狡賢そうなダークブラウンの瞳と目が合った。
「よ、よう……」
 その聞きなれた声を聞いた瞬間、尋常でない速度でレオンは動いた。
 運転席のドアに手をかけると、腕の筋力と全身の反動のみでマスターを跳び越え、苦笑いを浮かべたままの幼馴染に見事なタックルをかましたのだ。
 低く鈍い音と共に、蛙の潰れたような声が聞こえたが、レオンはその場を動こうとはしない。
「ザザ君。何をやってるのかな? 何を」
 レオンは、ナンパに使えば必ず成功しそうな、満面の笑みを浮かべていた。その目が妙に血走ってさえいなければ、の話だが。
「すっげーなレオン。お前がこんな運動神経が良かったなんて知んなかったぞ」
「ああ、そりゃオレも同感だ」
 その目は血走っているどころか、殺気すらうかがえる。
「オレは、お前を連れ戻しに来た」
 その言葉を聞くと、ザザの顔からも笑みは消えていた。
「村長の命令か?」
「ああ。お前を連れ戻すまで、オレも村へは帰れない」
「もっかい説得すれば、入れてくれるんじゃねーの?」
 あの身内にはとことん甘い村長の事だ。帰るなと言ったのも、つい口を滑らせてしまったのだろう。謝りさえすれば、すぐに許してくれるだろうと、ザザは思っていた。
「言っとくが、あんのクソ親父に頭を下げるなんざ絶対に嫌だかんな」
 どうやら、火が点いてしまったのは、レオンも同じようだ。
「しゃーねえ」
 とうとう諦めたように、ため息混じりにそう言うと、ザザは体の力を抜いた。
 それを確認したレオンも、体の力を抜き、圧し掛かっていた上体を起こした。
 と、その瞬間、ザザの左手がしっかりとレオンの顔を掴んでいた。
「お前……! どけろ!」
 視界を遮断され、レオンは両手で引き剥がそうとした。
 しかし、狙い澄ましていたのか、ザザは右手でレオンの右肩を掴み、仰向けにさせた。
 そのまま、脚力と腕力の両方を遺憾なく発揮して、レオンを車外へ放り出す。
「出せ! 早く!!」
 物の数秒の早業にレオンはなす術もなく、急発進するジープを止める事は叶わなかった。
「ふざけんじゃねえぞ! チビ! 豆! カス!」
「だれがカスだ! ヘタレ!!」
 ジープと同じく土煙を立てながらレオンが追ってくるが、車に敵うはずもなく、どんどん距離は離されていく。
 それでもレオンは走る事をやめなかった。髪を振り乱し、歯を食いしばって、目を見開いている様は、普段の落ち着いた雰囲気からは、大きくかけ離れていた。
「絶対に泣かせてやるー!!」
 清々しい朝をぶち壊すような、泣きの入った雄叫びが、平原に響き渡っていた。

「振り切ったか!?」
 普段の幼馴染からは考えられないほど、物凄い形相を見せつけられたのだ。ザザは注意深く後方を見渡し、ややひっくり返った声でそう言った。
「振り切ったは良いけどよお。轍が残ってるから、それをたどって追いかけて来ると思うぞ。多分」
 隣で運転しているマスターは、いつも通りのんびりとした口調でそう言った。心なしか、顔が青ざめているザザとは対照的である。
「残さないで走ってくれよ! じーさんなら出来るだろ!?」
「無茶を言うな。無茶を」
 ハンドルを片手に白い無精髭をいじりながら、マスターは苦笑する。
「あんなに必死なんだ。教えてやれば良いじゃないかあ」
「教えたよ! 何か仕事探しにジャヌヴァまで言って来るって! じーさんに手紙出してから!」
「そっちじゃなくて。ミルフを出る本当の理由だよ」
 その瞬間、ザザの顔が微かに強張った。
 マスターは、それを目敏く見つけていたが、そのまま無視をしていた。
「教える気がないなら、しょうがないけどなあ。俺は、お前を訓練するために来ただけだし。理由を聞いたからどうのってわけでもないし」
 今まで空を朱に染めていた太陽が、ようやく地平線に完全な姿を現した。
 マスターは、胸ポケットからサングラスを取り出した。
「オレってそんなに分かりやすい? レオンにも言われたんだけど」
「何年、レオンと馬鹿やってるんだよ。あいつの場合は、オトモダチの勘ってヤツだろ」
「じゃあ、じーさんは?」
 マスターは不敵な笑みを浮かべると、サングラスのブリッジを押さえた。
「プロの勘ってヤツだ」
 キラーンと、効果音が聞こえて来そうなほど、自信に満ちた笑みだった。
「万年曹長がよく言う……」
「しょうがねえだろお。入隊するのが遅かったんだから」
「よくテストに合格できたな」
「そりゃあ、俺の運動神経を考えればなあ」
 確かに、マスターの身体能力は人並み外れたものがあった。
 ザザは、家でごろごろしている父親の姿しか見た事がなかったが、はっきり言ってマスターほど動きが良いとは思えない。
 と、言うより、軍の人間はアクロバティックに跳びながら銃を乱射したりはしない。多分。
 ちょっと前の訓練を思い出し、ザザは背筋が寒くなった。
「じーさんが、ずっと父ちゃんの部下で止まってた理由……。入隊するのが遅いとかの問題じゃないと思うんだけど」
 むしろ、本人の性質の問題のような気がしてならない。
 もし、ザザが父親と同じ道を選んだとしても、マスターだけは上司にしたくなかった。
 野犬の群れを相手に、バック転を繰り返しながら突っ込んで、前転2分の1ひねり宙返りをしながら、地上の野犬に弾丸の雨を降らせていた時もあった。
 夜盗相手に、バック転をしながら蹴りを入れていた事も……。
 上層部の人間も同僚には欲しくないはずだ。途轍もなく頼りになるのは確かだが。
 いや、この人の場合、頼りになるのは前線で先頭に加わった時のみのような気もする。作戦など立てられた日には、その難易度の高さで味方が全滅させられそうだ。
「ぜってー嫌だよ。そんな上司」
 ついて行けない以前に、自信をなくすだろう。絶対に。
「落ち込んでるところ悪いが、もう一騒動ありそうだぞお」
 ちらっとマスターが覗き込んだバックミラーに、砂煙を立てて後を追ってくる軽トラックが、2台映っていた。だんだん2台は大きくなっていき、そのうちバックミラーから消える。
「下手に動くな。とりあえず、様子見とけえ」
 ザザが、腰の自動式拳銃に手を伸ばそうとするのを、マスターがやんわりと制した。
 軽トラック2台に挟まれたまま並走され、さらには銃まで向けられている状況である。この状況で落ち着いていられる方がおかしいのだが、2人はしっかり両脇を確認していた。
 もっとも、至って冷静なのはマスターだけで、ザザの方はやっとの思いで、手足の震えを押さえ込んでいる状態だったのだが。
「生きてるかい? ザザ」
「……なんとか」
 むしろ、次の瞬間には本当に生きていない気がしてならないのだが。
「状況を報告せよ。しっかりなあ」
「声が笑っているであります。せんせー」
(なんでこんなに余裕ブチかましてんだ、アンタは!)
 というのがザザの本音ではあったが、この状況で頼みの綱はマスターしかいない。
「軽トラが両脇に2台。両方とも2人乗ってる。右側は運転手が、左側は助手席のヤツが銃を持ってる。2丁とも猟銃。改造してなきゃボルトアクション。以上」
 ところどころ声が震える場面もあったが、ザザは坦々と状況を報告していった。
「惜しい。右側の軽トラ、荷台に荷物が山積みだろお。そん中に人が隠れてる場合もあるから、それも報告しないとなあ」
「じーさんだったら分かるだろーが! ワザワザ言わなくたって!」
 今まで恐怖で縮こまっていたザザが、ある意味で開き直り始めたその時だった。
「おいお前ら。こんな状況でよくケンカが出来るな」
 今まで軽く置いてきぼりを食らっていた強盗の1人が、銃を向けながら話しかけてきた。
「右に進んでもらおうか。なあに、大人しくしてりゃ、命までは取らねえよ。俺達に興味があんのは、金めの物だけだからな」
 強盗はお決まりの悪役台詞を吐くと、そのまま緩やかに右へと進路を変えた。
「ザザ。この先に何がある?」
「は? 何って、崖だろ?」
 突拍子もなく、分かりきっている事を訊かれ、ザザは眉をひそめた。
 マスターの方が、ザザよりもこの平原を往復しているのだ。地理に関しては熟知している。訊くまでもないだろう。
「崖のところまで俺たちを連れてって、逃げられないようにするつもりだなあ。銃の腕は分からんが、やりなれてる証拠だ」
 何もこんな時に解説しなくても。ザザは、盛大にため息を吐いた。
「でも、一応は最低限度の荷物しか積んでないわけだし。何か取られたら、そりゃあ困るもんだ。これからの旅に支障が出る」
(後部座席を満杯にしといて何が最低限度だよ)
 思わず、ザザは大きなつり目を細めて、後ろを見る。
 シートを外された後部座席は、銃火器などの何やら物騒な物から、燃料缶、食料、その他もろもろの荷物で占拠されていた。
 平原を渡るだけなら、何もこんなに武器を乗せる必要はない。
「なあ」
 何となく。飽くまで何となくだが、一抹の不安を感じ、ザザは口を開いた。
「もしかして、ジャヌヴァに着いてもオレについてく気?」
 つり上がった口元が、密かに引きつっている。
「いやあ、良いだろお?」
「良くねえええええ!!」
 小鳥のさえずる平原に、怒気の混じった叫び声が響き渡った。
「おい! 静かにしねえか」
 銃を突きつけられ、思わずザザは手を挙げる。
「ちゃんと座れえ。しっかり伏せててなあ」
 あっははーと笑いながら、マスターは運転を続ける。
(だから……! なんでそんな余裕なんだよ!)
 先とほぼ同様の台詞を心の中で叫びながら、ザザは大人しくマスターの言葉に従った。
「ザザ」
「なに?」
 腰を折り曲げた体勢のまま、ザザは不機嫌さを隠しもせずに返事をする。
「歯あ、食いしばっとけ」
 マスターが、風切音に掻き消されてしまうような小声で言った。次の瞬間。
 突然、体が前へ引っ張られた。
 ガゴッ。
 無理な体勢をとったまま、ザザはダッシュボードに脳天をめり込ませる。
「バカ、撃つな! 当たるだろうか!」
 急ブレーキをかけたジープに遅れて、軽トラックが止まる。
 相撃ちになり、仲間の車体に穴を開けた強盗たちは、顔を真っ青にしていた。
「自分のより車高のある車ではやるなよ。蜂の巣にされちまうからなあ」
 強盗の注意が自分たちから逸れた隙に、マスターは前の2台へ自動式拳銃を乱射していた。
 強盗たちの悲鳴が聞こえる。
 それに構わず、マスターは引き金を引いたまま突撃した。
 左側の車に乗っていた男たち2人が、立て続けに引きづり降ろされる。
 ザザは、姿勢を低くしたまま、軽トラックを見ているだけだった。
「2人挟み撃ちで来る!」
 口だけは、しっかりと出していたが。
 マスターは、引きづり出した男たちの襟元をそれぞれ掴み、左右に突き出した。
「撃つなあ!」
 そのまま、盾にされた男たちを残りの強盗に押し出す。
「うわ! おま、どけ!」
 もみくちゃになりながらも、何とか挟み込んで来た2人が、前にいる男に銃を向けた。はずだった。
 互いに視界に入ったのは、自分に銃をむけている仲間だけ。
「手え上げろ」
 あっさりと銃を叩き落され、顎に銃口を突きつけられた。
 強盗が下を見てみると、背の低い少年と視線が合う。顎へと伸びている細い腕ごしに、睨みつけられた。
「いつの間に……」
 今まで助手席で縮こまっていたのに。強盗はそう思った。
 横へ視線を移せば、仲間の2人が倒れていた。1人は完全に意識を手放し、もう1人は腹を抱えてうめいている。
 うめき声を上げているその男も、マスターによって完璧に気絶させられる。
「今度からは、確実に落とせるようになあ。結構、危険だぞお」
「分かってるよ」
 どうやら、とんでもない相手を獲物に選んでしまったようだ。今更になって、強盗は後悔した。
「小屋に置いて来た奴も、あんたらくらいに強えのか?」
「は?」
 強盗の諦めたように発した台詞が意外なものだったため、ザザは聞き返す。
「いや、だからあいつだよ。1人だけ小屋に残っただろ? 若い兄ちゃんが」
 思わずザザが、マスターの方を見る。
「不味いなあ」
 素早く残りの強盗を気絶させ、マスターは言った。

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