レオンは困惑していた。
なぜ、自分は手を挙げさせられているのか。なぜ、唯一の武器である猟銃を取り上げられているのか。
そしてなぜ、2人の男に銃を向けられているのか。
そこは、背の高い草が群生している場所だった。
そのため、長時間、立て膝のまま手を上げさせられている。
多少きつい体勢の中、予想もしていなかった展開に、レオンは頭の中で同じ疑問を巡らせていた。
いや、強盗に襲われる事自体は十分に承知していた。だからこそ、レオンは護衛を頼みにマスターの小屋まで行ったのだから。
予想もしていなかった事は、こんなにも早く強盗に襲われる羽目になってしまった事だ。
そもそも、小屋の周辺にいさえしなければ、強盗と鉢合わせる事はなかったのだ。これでは、わざわざ襲われに行ったようなものである。
(ぜってーザザのせいだ。あのヤロウ……人を思い切り蹴落としやがって。いつの間にあんな技覚えたんだよ。どつき合いのケンカじゃ俺に勝てなかったチビ助のくせに! あんのクソオヤジ余計な事を……!)
「おい! さっきから何ブツブツ言ってんだ?」
強盗の1人に、銃口で小突かれる。
どうやら、無意識の内に声に出てしまっていたらしい。
「ス、スミマセン!」
思わず声が裏返る。
辺境の村であっても、お坊ちゃま育ちのレオンには、この状況はきつすぎた。
「ずいぶん余裕じゃねえか。なあ?」
「いいえ、滅相もない!」
レオンは、顔の輪郭も分からなくなるほど、首を左右に振った。
それにも関わらず、レオンに銃を向けている男は、意地の悪い笑みを貼つけたまましつこく絡んでくる。
「おめえ、ここらの奴にしては良い服着てんじゃねえか。なあに、身ぐるみ剥がすまではしねえよ。金めの物と、上着とズボンを置いてけ」
それを身ぐるみを剥がすと言うのではないのか?
思わずレオンは、胸の内のみでだが、そう悪態をついていた。
(だいたい、これのどこが良い服だってんだよ。オートクチュールでもフルオーダーでもねえし……)
レオンにとっては、その2つ以外が普段着だった。
「なあ、こんな良い生地を使ってるヤツ着てるって事は……。案外、こいつあ金持ちなんじゃねえか?」
少し離れたところでレオンの荷物を調べていた男が、突然そんな事を言い出した。その手には、しっかりとサーク金貨1枚が握られている。
「ちょっと待てよ! 何枚入ってた!?」
自分の役割も忘れ、今までしつこく絡んでいた男が、レオンの財布に跳びついた。
「スゲー! ちと待て。オメエばっかずるいじゃねえか。俺にも分けろよ」
レオンの事などお構いなしに、2人の男は財布を漁り始めた。
(ああ〜! オレの全財産が……! せっかく母さんからカンパしてもらったのに……っ)
下手に刺激したくないので、飽くまで口に出す事はない。その代わりにレオンは、握り拳を震わせながら、口だけで「あ〜」だの「う〜」だの忙しく百面相をするのだった。
しかし、それも束の間。
――ボツ。
鍋が床に落ちた瞬間の音。いや、その音よりもはるかに低い音。
少なくとも、ここにいる3人には馴染みの薄い、不可思議な金属音が、レオンの左前方から聞こえた。
音に反応したのは強盗も同じだ。
「何だあ?」
先程まで、レオンに銃を突きつけていた男が立ち上がった。そのまま、少し離れたところに停められている、軽トラックに向かう。
ボツ。ゴッ、キン――
さらに、謎の怪音が、立て続けに3回鳴った。
その直後。
バアアアアアアアアアアアアアアアアアア。
左斜め前。それも遥か遠くから、爆竹のような乾いた破裂音が響き渡った。
途切れる事を知らない破裂音に合わせるように、薄汚れた車体が揺れている。
そして、3人仲良く口を開けている目の前で、軽トラックのボンネットは見る見る内にえぐられていく。金属音に合わせるように鉄くずをまき散らしていった。
一方、その左前方をずっと行った先では。
「あー、チクショー!なんで爆発しねーんだよ!」
「お前なあ。オイルタンクかエンジンにでも当たらない限り、爆発なんかしねえぞお。だいたい、エンジンかかってんのかい?」
ザザが、サブマシンガンを休みなく連射していた。
その隣では、マスターが、大きな土煙を立てながら疾走する車を操っている。
「こんだけ撃ってんだあ。十分、注意は引き付けてるだろお」
「爆発しなきゃつまんねー」
ザザはマガジンを装填し直し、サブマシンガンを後部座席に置いた。そして、代わりに強盗から拝借した猟銃を取り出す。
「大丈夫かなー」
ザザにとっては、ただの独り言だったのだが、マスターは耳聡く返答してきた。
「大丈夫だろお。きちっと固く縛りつけといたし。片方の軽トラなんか、液が漏れてたし。運転したがらないってえ」
確かに。強盗を4人とも背中合せにして、しっかりと締め上げた。「覚えてやがれ」と、お決まりの悪役台詞を聞いてここまで来たのだ。
いや、そうではなく。
「レオンの方だよ。あいつ、猟の時にしか銃を撃った事がないんだ」
「ありゃ、そらあ厄介だなあ」
なまじい経験があるのは、逆に危険だと言いたいのだろう。
「あー、へーきへーき。あいつ反撃できるほど肝っ玉座ってないから」
ずいぶんな言い方にマスターは、思わず苦笑する。
「見えて来たぞ」
しかし、それもすぐに真剣な表情に変わった。
「状況報告」
マスターに促され、ザザはスコープをのぞき込んだ。
「強盗は2人。獲物は猟銃。さっきの奴らと同じ銃だと思う。少し離れたところにレオンが座ってる。あ、1人が軽トラに近づいた」
「とりあえず、レオンは無事かい?」
「おとなしく手え上げて座ってる」
「そりゃあ良かった」
ようやく、マスターの顔から笑みが零れる。
車はさらに速度を上げ、レオンたちとの距離を縮めていった。
「今のは何だ!?」
強盗が、ボコボコになったボンネットを食い入るように見つめている。
「おい、あれ!」
しばらく車体にばかり目が行っていたが、仲間の声で指先の方向へ視線が移った。
「車……?」
ジープだった。後ろから砂煙を高々と舞上げて、見る見る内に車体が大きくなる。
ジープには2人乗っていた。運転席には白髪の男が。助手席には痩身の少年が。
助手席の少年は、立ち上がった状態でこちらを見据えていた。
そして、不自然に首を傾げていた。
ダーン!
軽トラックの前輪が爆ぜる。それより一瞬早く、長く尾を引くように轟音が響き渡った。
また同じ轟音がして、車の近くにいた強盗が倒れた。
その音は、この平原に住む者なら誰でも知っているものだった。
「銃撃だー!」
残りの強盗が伏せた。
レオンはといえば、強盗よりも早く、初めの銃声で草むらに伏せていた。
「痛え、痛え!」
車の近くでは、強盗の男が足を抱えて転げ回っている。
「レオンのバカヤロー! 伏せたらどこにいんのか分かんないじゃんかー!」
猟銃を構えたザザが、不満たっぷりに叫ぶ。
「普通は逆なんだがなあ。今度は、一発で仕留められるようにしろお」
苦笑いをしてそう言うと、マスターは車を止めた。
「あいつらは素人だが、手を抜くな」
マスターのその言葉を皮切りに、2人は素早く車から飛び降り、草むらに身を隠した。
「よくもやりやがったな!」
強盗が、ジープの回りをメチャクチャに撃つ。
耳が麻痺してしまうのではないか、というほど長い轟音だった。その後は、硝煙の臭いが立ち込めているだけで、人影は見えない。
「畜生! どこに隠れやがった!」
男は猟銃を構え、回りを忙しなく見回した。
風に運ばれ、草の波が平原を走る。草がこすれ合う、一定の音しか聞こえない。
強盗の右側で、明らかにまわりとは違う物音がした。
「そこか!?」
強盗が、音がした辺りを撃つ。すると、少し離れたところの草が大きく揺れた。
素早くスライドを引き、そこも撃った。
そしてまた、静寂が戻る。
(大丈夫かよ。マスターの野郎……。何でザザまで降ろすんだよ。撃たれてたらどうすんだ!?)
レオンは、草むらに伏せながら音だけを聞いていた。何も出来ないだけに、不安と焦りだけが募る。
(せめて。せめて注意を逸らすとか出来ないのか?)
とは言え、あの男の様子では、少しでも物音を立てただけで撃たれてしまいそうだ。
せめて武器さえあれば。と、意味もなく辺りを見回す。
新緑と枯草が乱立する中、ふとダークブラウンの瞳と目が合った。
「あ――!」
思わず声を漏らしそうになる。それを、少し離れたところで伏せているザザに口を塞がれた。
そして、ザザはピンと伸ばした手の平をレオンに向けてかざした。
『待っていろ』
言葉にせずとも分かった。
強盗の男は、まだ怒声を上げながらまわりを見回している。男が動くたびに葉のこすれ合う音がした。
そして、そことは別の場所でも、誰かが……。いや、“何か”が移動する音が聞こえる。
それと同時に、例の発砲音が間を空けつつも2回、響いた。ビリビリと空気の振動が、こちらにまで伝わってくる。
発砲音がなくなるころには、ザザの姿は見えなくなっていた。
ザザは、比較的大きな岩に隠れて男の姿を捜した。
もともと、乾季になれば岩だらけの枯野へ変わる場所だ。身を隠す場所は、いたるところにあった。
また、銃声が轟いた。
見ると、向かい側の岩陰から、マスターが石を投げ込んでいる。それも、小石ではなく、かなり大振りの物をだ。
強盗の男といえば、まるで見当違いの方を向いて銃を構えている。
「たしかに、トーシローだよなー」
マスターがおとりになり、その隙にザザがレオンの位置を確認する。その作戦は、あっさりと遂行されてしまった。
何回もくり返されているおとり作戦だ。いい加減に気づいても良いころなのだが。
そもそも、戦いなれた者なら、ザザとマスターが身を隠した時点で自分も身を隠しているだろう。あれでは、狙って下さいと言っているようなものだ。
「レオンの位置も確認できたところだし。そろそろ勝負つけますか」
男は相変わらず、定位置で忙しなく回っている。ザザの腕では、手を狙うのは難しそうだ。
男が背中を見せて止まった。
下手に手を狙っても、外してしまえばこちらが撃たれる。
しかも、男が少しでもこちらに近づけば、レオンが見つかってしまう。
レオンは武器を持っていない。人質に取られるか、あるいは殺される事も……。
そこで、ザザは考えをやめた。
静かに大きく息を吐き、また吸う。
ゆっくりとリボルバーを構え、背中のど真ん中に狙いを定めた。
男が余程の強運の持ち主でない限り、弾は肺を貫くだろう。
そうなれば、この男は、死ぬ。
「この旅で必要な事は、自分が生きるという事。結果がどうなっても、それは間違いなんかじゃない」
稽古始に、マスターから言われた言葉を反芻する。
男が死んでも、それは間違いではない。今、命を狙われているのは、自分なのだから。
それでも――。
心の奥で燻っていた想いが、迫り上げてきた。
マスターが、父の手紙と死亡通知を持ってきた、あの時の。母しか入っていない墓石に、父の名が刻まれた、あの時の。
あの時にも似た想いが、なぜだか込み上げてきた。
気がついた時には、リボルバーの銃口は下を向いていた。
一瞬、マスターと目が合う。
白髪の男は、諦めたように微笑んでいた。
まっすぐ伸ばされた筋肉質な腕から、黒い自動式拳銃が現れた。
一瞬にして散った火花とともに、強盗の体が揺れる。
銃を持っている右腕から鮮血が流れたが、強盗の男は銃を手放さなかった。
「この野郎!」
力の入らない腕で、男はマスターに銃を向けようとした。
その時には、すぐ目の前にまでマスターは迫っていた。
ザザが、走り出す。
力の入らない男の腕は、簡単に猟銃を叩き落されてしまう。
マスターが男を地面に押さえ込んだ。
その時、ザザは落ちた猟銃を這いつくばうようにして奪い取った。
それでも抵抗を見せる強盗が見たものは、自分の銃をこちらに向けて立っている、年端もいかない少年だった。

