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リベンジコード
SCENE4:ヴェロニカの手紙

 父親との思い出なんて実はあまりなくて、顔も葬式のときに見た遺影の中の顔しか知らない。
 家を出る時にかけられる声と、その度になでてきた手の感触も、はっきり覚えているかというとかなり怪しい。
 たった1つ鮮明に思い出せるものと言えば、家で寝転んでる背中だけだ。
 せめて顔だけでも忘れないようにしなきゃ。そう思っても、写真でしか父親の顔は分からない。
 せっかく開いた式なのに、肝心の本人がいないんだ。
 遺影に写った若い顔しか、父親を知らない。
 いなくなってしまったことよりも、独りになってしまったことの方が悲しかった。
 顔だけでも覚えておこうと思ったのは、そんなオレにガッカリしていたから。
 そして、たった1通の手紙だけで逢いに行こうと思ったのは……。

「で? なんで村を出て行くんだ?」
 まずレオンが発した台詞が、それだった。
 無言のまま立ち尽くすザザと、それをじっと見つめるレオン。
 その横では、マスターが手早く強盗の軽トラックから、武器や食料をジープの後部座席に積み込んでいる。
「だから、ジャヌヴァまで仕事をしに――」
「だから、その手は通用しないんだよ。それだけだったらマスターを護衛につければ済む事だろ。わざわざ訓練してもらうか?」
 あっさりとレオンに遮られ、おまけに正論までぶつけられてしまった。
 ザザは押し黙るしかなかった。
「あのよお、そこのお2人さん」
 険悪な雰囲気が漂う中、それとは全くそぐわない口調で、マスターが話しかける。
「そろそろ、ここを離れた方が良いぞお。こいつらが起きたら厄介だからなあ」
 2人は不機嫌そうに、マスターが言っている“こいつら”を見下ろした。
 強盗が、2人仲良く意識を飛ばしていた。
 しかし、ザザとマスターを襲った強盗たちのように縛られているわけではない。それどころか、足を負傷している方は止血までされている。
「まあ、武器は取り上げてあるし。襲いかかってきたら、また落としゃあ良いんだけどよお」
「……」
 マスターは、相手が強盗だろうと酷い扱いをする人ではない。口調が荒いわけでもない。
 むしろ、穏やかを通り越してのんびりだ。
 それにも関わらず、どこか釈然としない物を感じながら、2人は何も言えずにいた。
「俺はザザの後をついて行くけどよお。レオン、お前はどうするんだあ?」
「もちろん。ついてくに決まってんだろ」
「はあ!? ちょっと待てよ!」
 いつの間にか、レオンとマスターは勝手に同行を決めてしまっている。
「そうだな。もしも俺だけ村に戻されるなんて事になったら、マスターを誘拐犯に仕立て上げよう」
 さらには、レオンがさらっとそんな事を言い出す始末だ。
「うわ、酷いなそれは。仮にも俺は元軍人だぞお?」
「大丈夫です。それを知ってるのは親父と役場の人間くらいですから。しかも、生憎うちの親父はアンタが嫌いです。村長命令なら、村人全員が賛同しますから、堂々とアンタを誘拐犯としてボコせます」
 飽くまでにこやかにレオンは続ける。
 そうとは言え、マスターには何も効いていないようだったが。
「職権乱用かい?」
 あえて相手を挑発してみたのだが、逆に挑発し返されてしまった。こうなったら、乗るしかない。
「村長の息子という微々たる権力でも、使えるモンは使っとこうと思うんです」
「そういうところだけは、父親似だなあ」
「そうですか? 良かった。顔なんか完全に母親似だから、将来、禿げる以外は父親の要素なんて入ってないって思ってたんですよ」
 精一杯、毒を吐くレオンに、マスターは穏やかに笑って返すだけだった。
 わきで見ているザザにしてみれば、自分を間に挟んで火花が飛び散っているように見える。
 なんて奴らを巻き込んでしまったんだ。後悔しても、もう遅い。
「あー、とりあえず車に乗らない?」
 やっと口に出した言葉が、それだった。

「危険じゃないと判断できれば、俺はただ送るだけにするんだがなあ」
 車が発進すると同時に、マスターが独り言をいう。独り言のわりには、妙に声が大きいが。
「納得できる理由だったら、オレも引き下がるよ」
 レオンも独り言をいった。妙に声の張った独り言だったが。
(なに言ったって、ぜってー引かねえだろーが)
 ザザはため息を吐いた。
 理由だけでも言っておこうか。いい加減、意地を張るのに疲れた事もあり、ザザは諦め始めていた。
「あのさー」
 その前に、どうしても訊いておきたい事がある。
「なんでオレが後ろなの?」
 実質、荷台となっている後部座席。シートなど、とっくに外されている後部座席。食料や衣類などの日用雑貨から、武器や燃料などの危ない物まで満載の、後部座席。
 その後部座席に、ザザの小さくて細い体は収まっていた。
「仕方ないだろお。4人乗りのを2人乗りに改造しちまったんだから」
 とりあえず、レオンの頭を小突いておく。
「しょうがねえって。そこに納まんのはザザくらいなんだから」
 力一杯、レオンの頭を殴っておく。
「何でオレばっかなんだ!?」
 ついでにとばかりに、レオンが後ろを向いたところを狙って、頬を引っ張る。
 答えは簡単である。マスターに手なんか出せないからだ。
「そこお、ケンカすんなってえ。ザザ、そろそろ覚悟したらどうだあ?」
「声が密かに凄んでいるであります。せんせー」
 ザザがおちゃらけてみても、マスターの眼光の鋭さは変わらない。
「ワカリマシタ」
 車が止まったところで、ザザは大事にしまっておいた手紙を取り出した。
「うわ、グシャグシャじゃねえか」
 しわだらけの封筒を受け取り、レオンは眉をひそめた。
「ちゃんと大事にしまっといたよ! 丸まってないだろ?」
 ザザにとっては、それ以外が大事に扱うという事を意味していた。
 レオンは呆れたようにザザを見ていたが、すぐに開封作業に取りかかった。
 しわくちゃになった紙面に、達筆だが読みやすい文字が、濃紺色のインクで書かれている。
「突然のお手紙を差し上げる無礼をお許しください。
 取り急ぎ申し上げます。
 貴方のお父様は、生きておられます――!」
 レオンは読み進めるのを中断し、勢い良くザザを見た。
 マスターも、表情を硬くしていた。
「お前……」
「続けて」
 何かを言いかけるレオンに畳みかけるように、ザザは促した。
 驚くのは、まだ早いのだから。
「ええっと――
『私の名前は、ヴェロニカ・エクと申します。
 貴方のお父様、ジャック・ララサバル様の友人とでも言えば宜しいでしょうか。
 大変失礼ながら、現時点ではこれくらいしか身分を明かす事は出来ません。
 お父様は戦死なされたと聞かされていると思います。が、それは違います。
 先程申し上げたとおり、生きておられます。
 それをお伝えしたく、お手紙をお送り致しました。
 現在、ある事情によって、お父様はご帰還なさる事が出来ません。
 ですから、せめてご子息であるザザ・ララサバル様に会いに来て頂きたいのです。
 しかも、ジャヌーヴ、サルジュアルド、両政府に気づかれずに。
 両政府に知られると、何かと不利益が生じるためです。
 カスルにて、お待ちしております。
 この手紙を、信じて下さる事を願っています』
 ――って、サルジュアルドお!?」
 一通り読み終えると、レオンは素っ頓狂な声を出した。
「おもっくそ敵国じゃねえかよ! 今まさに戦争してますって国じゃねえかよ!!」
「なー。びっくりだよなー」
「びっくりどころの話じゃねえ! ヤバすぎだろ、この手紙!!」
 がなり立てすぎて、レオンは息を切らしている。
 ザザは、顔色を伺うようにマスターを見上げた。
「ザザ、手紙を借りるぞ」
 マスターは、自分の元上司が生きている事への驚きや、手紙の内容への不安を口にする事もなく、そう言った。
「じーちゃん?」
「もうそろそろ、昼飯にすっかあ。おい、お前ら。先にそこら辺で食ってろお」
 空高く昇った太陽を見ながら、マスターは言った。
 口調は相変わらずのんびりとしているはずなのに、声のトーンが淡々としていて、2人の不安を煽らせる。
「じーちゃん。これ、2枚目もあるんだけど」
 ザザはわざと思い出したように、やはりしわくちゃになった2枚目を取り出した。
 そして、レオンと一緒に車を離れた。

 残されたマスターは、2枚目にも目を通す。読み進めていくたびに、眉間のしわは深くなっていった。
「あの野郎、1人でこれを実行するつもりだったのか?」
 しわの深さに比例して、その声はかなり機嫌の悪いものだった。
 しばらくして、封筒を太陽の光にかざす。ある1点を指で押さえ、ライターを取り出した。
 押さえていた辺りをライターの炎であぶる。
 微かに浮かび上がった幾何学模様。
 それは、ライターを消すと同時に消えてしまった。
 不機嫌の極みにでも達したのか、マスターの顔は、苦虫を噛んだような表情になっていた。
「意外と早い再会になりそうだな……」
 そう1人ごちると、手紙のしわを丁寧に伸ばして封筒にしまった。

「なあ、2枚目って何が書いてあるんだ?」
 すぐ近くの岩を背にして座り、レオンが尋ねる。
「カスルに行くまでの方法」
 レオンが寄りかかっている岩の上に登り、ザザが答える。
 レオンは干し肉にかぶりつこうとして、やめた。
「そんな事まで書いてあんのか?」
「なー。丁寧すぎてびっくりだよなー」
「だから! びっくりどころか恐えだろうが! イタズラ通り越してヤベエよそれ!」
 レオンが青くなって叫んでみても、ザザは「だよなー」と、のん気に返すだけだ。
「まさか、手紙どおりに本気でカスルに行く気だったんじゃねえよな?」
 青くなりながらも、レオンはどこか責めるような口調で尋ねた。目つきもそれ相応にきつくなる。
「いや、さすがにさー。敵国に乗り込むのは恐いよな。強制収用とかされたら冗談じゃ済まねーし。
 でも、何もしないのは嫌だったから、せめてジャヌヴァまでは行こうかなって。ジャヌヴァに行くのが、手紙に書いてあった最初の指示でさ」
 そう言うと、ザザは豚の燻製にかぶりつく。
「もしもさ……」
 1口目を咀嚼し終えて、ザザは呟いた。
「もしも、手紙がホントだったらさ。墓石の名前、消さないといけないし」
 その一言を聞くと、レオンはザザの顔を見上げた。
「お前……」
「迎えに行かないと。母ちゃんの墓参りしてさ。父ちゃん、軍にいたんだから、見張りのアドバイスできそうだし」
 ザザはまっすぐ、地平線まで続く草原を見る。
 あの日もそうだった。
 昼になれば、蒸した空気が肌にまとわりつく季節。その季節だけは、草が青々としていた。
「仕事が1段落したら、また帰ってくるから」
 何度か聞いた台詞をまた聞いて、ザザは父親に手を振った。
 自分の身長では、完全に草陰に隠れてしまっているから、飛び跳ねながら大きく振った気がする。
 父親は、いつものように微笑んで、自分を抱き上げた。いつものように、顔をすり寄せてきて、ひげが痛くて暴れたと思う。
 いつものように、頭をぐりぐりなでられて、「行ってくるよ」と、言われた。
 そう、いつものように。
 そして、また帰ってくるものだと思っていた。
 いつものように、笑いながらひょっこりと現れて。いつものように、家の中では寝てばかりいて。
 そして、また戦場へ行って、また帰ってくる。
 そのくり返しだと、思っていた。
 思っていたのに……。
「逢いたい」
 ぽつり、ザザが呟いた。
「ザザ……」
「どーせ、ダメ元だ。もともと死んでんだ。遺体だけでも持ち帰れたら、それはそれでOKなわけだし」
「でも――」
「逢いに行くかい?」
 レオンの言葉に被って、マスターが言った。
 ザザとレオンが、目を丸くしてマスターを見る。
「連れてってやるぞ。俺が」
 マスターは不敵に笑い、封筒をひらひらさせた。
「サルジュアルドだぞ?」
 余裕の笑みを訝しく思いながら、レオンは確認する。
「行けんの?」
 ザザも、半信半疑だ。
「行ける。連行される心配もない」
 どうする? マスターの目は物語っていた。
 マスターは、確信もなしに無責任な事を言う人ではない。
 ザザとレオンは顔を見合わせた。
 そして、お互いうなずいた。
「決まりだな」
 二カッと白い歯を見せて、マスターは笑った。

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