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おしょーさん
CLASS4:パーフェクト君の苦難

「第2ボタン欲しがってる友達がいるから、放課後まで死守しておいてね」
 昨日の電話。開口1番に言われた言葉が、それだった。
 少し意外にも感じた。彼女が、他人のためにわざわざこんな事を頼んで来たからだ。
 彼女なら、「そんな勇気はない。悪いけれど、自分で頑張って」くらいの事は、上手くオブラートに包んで言ってのけると思うのだが。
 それだけ、親しい仲なのだろうか。
 彼女は他人にとことん冷たいが、気に入った人間にはとことん温かい人だった。
 そして、彼女が気に入るタイプの人間は、俺にも合う人間がほとんどだった。
 卒業式当日に1日中走り回るのも嫌だったので、朝1番に渡すのはどうかと言ってみたのだけれど。
「ボタン取れた状態で卒業式に出る気? 筋肉が黙ってないよ」
 あいつ、生活指導の田中先生を筋肉と呼んでいたのか。
 結局、そう言って断られてしまった。
 とりあえず、俺はこの卒業式が終わったら、身を隠さなければならない。
 後輩はもちろん、体育館を出た時点で、同級生の女子がどう出てくるか分からないからだ。
「卒業生、退場」
 アナウンスに従い、前列から卒業生が出て行く。
 すぐに俺のクラスの番が来て、まだ肌寒い外に出た。
「こらー! お前ら、さっさと教室に戻れー! 後がつっかえるだろうが!」
 先生の裏返った怒声を聞いた瞬間、俺は体勢を低くして人込みから抜け出した。
 案の定、予想した通りに……。
「きゃー! 上城くーん! 待ってえー!!」
 訂正しよう。これは予想以上だ。
 セーラー服の集団、パッと見うん十人が、手をパーに伸ばしてオリンピック陸上100m選手並みのフォームで追いかけてくる。
 後ろから轟く無数の足音は、いつだかテレビで見た、ライオンに追われて逃げるヌーの大群を彷彿とさせた。
「お前ら静かにしろー! 来賓がまだ中にいるんだぞ……って、や、やめろ! ぐわー!」
 さっきから怒鳴っていた筋肉――もとい、生活指導の田中先生は、体育館からなだれ出てきた女子に踏みつけられてしまった。
 ほんの少し、背筋が寒くなった。
 とりあえず校外に出て、みんなが諦めて教室に戻ってから、第2ボタンを外して教室に帰ろうという事にしてある。
 そうすれば、もう誰かに渡してしまったと嘘がつけるからだ。
 だから、俺は体育館を出た時点で、左側にある校門を目指していた。
「先輩が逃げちゃう!」
 まだ、来賓退場が残っているはずだ。それにも関わらず、体育館の脇の出入り口から、後ろの集団と同じ黒い塊が飛び出してきた。
「囲まれたか!」
 校門側は家も多いが、基本的に学校のまわりは田んぼだ。せいぜい胸の高さくらいしかない塀に囲まれた校門側とは違い、入り口から右側を行ったグラウンドは、小さな出入り口を除いて高いフェンスに囲まれてしまっている。
 俺よりも先に、入り口を占拠されてしまえば逃げ場がなくなる。そう思って校門側のルートを選んだのだが、裏目に出てしまった。
「せんぱーい! 第2ボタン下さーい!」
 俺は、半身になって小さく身構えた。いきなり掴みかかってきた1人をサイドステップでかわす。
 本当、いい加減にしてくれないかな。この際はっきり言ってあげようか? 物の分別もつかないガキに用はないんだよ。せいぜい、そのキンキン声で自分でも成就できそうな野郎にボタンをもらえよ。みんな寂しがってるんだよ。それで勝手に逆恨みされる俺の身にもなれってんだ。そんな気転も利かせられないほどテメーらの脳ミソは腐ってんのか、おんどりゃあ!!
 後ろから抱き着こうとしている女子を足払いし、人の隙間をぬって進む。
「てめえ! 人の邪魔すんじゃねーよ!」
「は!? 勝手な因縁つけてんじゃねーよ! 邪魔だ! どけ!」
 後ろで声の高い男子よりも低い、ドスの利いた怒号が起きる。
 とりあえず、聞かなかった事にしよう。
 俺は、制服を引っ張ったりしてくる女子の脛を、分からないように蹴飛ばしながら進んでいた。
 けれど、とうとう前をがっちりと閉められてしまった。
「上城くーん。つっかまっえたー」
 そのニキビ面に正拳突きをお見舞いしようか?
 さすがにそんな事は出来ないから、俺はそいつに笑いかけてみた。
「ごめんねー。ちょっと通してもらえると助かるなー」
 オプションとして、頭をなでてみる。
「きゃー! 上城くんに触られちゃったー!」
 ああ、そうかい。そりゃあ良かったね。
 俺は、頬に手を当てて赤くなっているそいつを女子の群れに押しやった。
「こんなところでボサッとしてんじゃねーよ!」
「あんだとゴルア! 自分が触られなかったからって逆恨みすんな!」
 こんな姿を見ても、うらやましいと思う人にはうらやましい光景なのだろうか。
 ふと、以前に因縁をつけてきた男子の顔を思い浮かべた。
 ところどころで乱闘が起こり、女子の壁も大分手薄になってきた。
 最後の仕上げだ。
 俺は出来るだけ体勢を低くして、頭を大きく横八の字に降り始めた。
「な、何だあの技は……!」
 うるせーよ外野。巻き込まれないように遠くで見るしか出来ない腰抜けは黙ってろ。
 そんな事を思ってみても、口に出すなんて事はしないから、全く通じないんだけど。
「すげえ……。デンプシーロールだ!」
 ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。
 毛が硬いためにつんつん立ってしまい、結果ボサボサに見えてしまう、あのちょい爆発ヘアー。
 三宅 大輔。同じサッカー部の親友だ。
 あのサッカー馬鹿、よくこのボクシング技を知ってたな。
 そのすぐ近くには、第2ボタン死守という無理難題を押しつけてきた彼女、鈴原 彩がいた。
 彩は、俺と目が合うと、満面の笑みを浮かべた。
 さすが。君は反省とか罪悪感とか、そんなしおらしい感情なんて持ち合わせてなかったね。
 うわあ……。やっべえ燃えてきた。
 俺は頭を振る速度を速めた。
 ぜってー逃げ切ってやるからな。こんにゃろう……。
「何だよ、デンプシーロールって!?」
「ああいう風に頭を左右に振って、相手の攻撃を回避するんだ。そして、その反動を利用して強力なフックを連打!!」
 って、んな事できるかー! 頭に馬鹿がつくほど自己中な女どもに、尾ひれつきの噂を町中に流されてしまうわ!!
「すっげー! 抜けた! あの数を抜け切った!!」
 三宅、頼むから助けるなり手え貸すなりしてくれ。のん気に感動してる場合じゃない。
 俺は、今まで来た道を引き返した。
 体育館と校舎を結ぶ渡り廊下には、彩と三宅がいる。
「中庭」
 それだけ言うと、俺は彩を三宅のいる方へ突き飛ばした。
 三宅が彩を受け取ると、今まで彩が立っていた場所は、人の流れに飲み込まれてしまっていた。

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