うちの中学は素行が悪い。
どれくらい悪いのかと言えば、高校入試で同じ点数なら、ウチの中学の生徒が落とされるほど悪い。暴力沙汰で新聞に載った事も何回かある。先週も、バイク事故で学年召集をかけられた。
で、極めつけが……。
「ね、ね。あの人の名前なんて言うのかなあ?」
クラスに必ず1人は、いわゆる"もしかしなくとも族に入っていますか?"的な生徒がいるのだ。
「え〜? 知らないよ。話しかけてみれば?」
当然、ウチのクラスにもいる。しかも、ボクの席の隣に。
教室の1番後ろで窓側の席を陣取っている、金髪でプリン頭な女子。しかもボクよりもデカイ。
「やだよ! 絡まれたらどうすんの」
で、お約束のように誰もビビッて近づけないでいる。
「あ、でもお。私、密かに頭ん中で"姐さん"って呼んでるんだよね」
「ええ〜? 何それえ」
うわ、お前ら声でかいって! 姐さんがそっちをチラッと見たよ! 聞こえてるよ!
それでも、教室の真ん中でくっちゃべってる女子2人は全く気づいてない。
冷や冷やしながら、こっそりと横を見てみると、姐さんはつまらなそうな顔をして、さっさと顔を伏せてしまった。
なんで始業式からきっちりと遅刻もせずに来てるかなー。チャイムが鳴り止むのと同時に教室に滑り込んでたけど。
と、後ろのドアから鈴原さんが入ってきた。
ああ、朝日を浴びる鈴原さんも良かったけど、午後の鈴原さんも可愛いなあ……。
って、あれ? こっち来るぞ。え、まさか。ボク? ボク!? 朝に引き続きまた話せるの!?
あ、そっか。ボク以外に同じクラスの人がいないとか言ってたもんね。鈴原さん、大人しいからなあ。知らない人とはまだ話しづらいのかな。
ボクは、気を利かせて先に鈴原さんに話かけようとした。
「あの――」
清々しいまでに、横を素通りされた。
「あの〜寝てる?」
って、事もあろうに鈴原さんが姐さんに話しかけているう!?
どんな図だ!? ねえ、どんな図!? あの大人しくて可憐な鈴原さんが、ガサツで凶暴な姐さんと――
「えーと、お姉ちゃん?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。そりゃもう、物の見事に。銀世界に。
名前が分からなくて苦肉の策だとは思うけどさあ……。
「お姉ちゃん、ちょっと起きてくれるかな?」
まだ言うかい。鈴原さん。
「んだよ。その"お姉ちゃん"ってのは」
一応は起きていた姐さんは、ドスのきいた低い声で鈴原さんを威嚇する。不機嫌そうに眉間にしわが寄っている。
「先生が職員室まで来いって。服装検査のやつ」
姐さんの質問をスッパリと無視して、鈴原さんはさっさと用件を伝えた。
故意なのか、それとも素なのか。多分、鈴原さんの事だから、後者なんだろうけど。
「話を聞け。何で"お姉ちゃん"なんだ?」
姐さんは、頬杖をついて鈴原さんにガンをつける。
座っているはずの姐さんは、立っている鈴原さんとそんなに視線の高さが変わらない。鈴原さんは背が高い方ではないけれど、女子の中では特別低いわけでもない。それだけ、姐さんの身長が高いという事だ。
「えー? だって、みんな言ってるよ。"お姉ちゃん"って」
違う。違うよ鈴原さん。みんなが呼んでるのは"姐さん"。鈴原さんが呼んでるのは"お姉ちゃん"。聞くだけなら似たような物かもしんないけど、ぜんぜん意味が違うから。
「結構、残ってる人が少なかったから、お姉ちゃんで最後だと思うよ」
ふと、姐さんが睨みつけるのをやめた。
「お前も残されたのか?」
「うん。ほら、髪の毛茶色いじゃない?」
そう言いながら、鈴原さんは毛先を指先に巻きつける。
「でも、地毛だろ? 1年の1学期にも残されてたよな。お前」
その言葉を聞いて、ボクは思い切り鈴原さんの顔を見上げた。
そう言えば、去年の集会の後のホームルームにいなかったような。
「うん。田中先生に地毛だって言ったんだけどね。その後は残されなかったし。でも、今年は新任の先生が受け持ったから」
鈴原さんは、のん気に「そんなに日本人離れしてるのかなー。この色」と言いながら、首を傾げている。
何か、胸がムカムカしてきた。
普段の態度を見ていれば、彼女が検査に引っかかるような事をするわけないじゃないか。
誰だよ、その新任って。
「なんか、嫌だな。そういうの」
姐さんもボクと同じだったらしく、吐き捨てるようにそう言った。
と、そこへ、前のドアからおしょーさんが入ってきた。
「彩、呼び出しだよ」
ボクと鈴原さんと姐さんが、前のドアの方を見る。
他にも何人か、クラスメイトが顔を上げたけど、すぐに逸らされた。
廊下の外で、生活指導の田中先生と、見慣れない若い先生が立っていた。2人ともジャージを着ている。
そして若い先生は、去年の新任式で見た事のある顔をしていた。
「なんか、しつこくねえ?」
2人の生活指導の先生を見て、姐さんはキレ始めた。今にも立ち上がって殴りかかって行きそうだ。
でも、鈴原さんの髪を咎めるつもりで呼び出しているわけではなさそうだ。
田中先生は怒っているような顔をしているけど、新任の方は落ち込んでいるような顔をしている。
ついでに言うと、ときどき田中先生が新任を小突いている。
「ああ」
納得したように、鈴原さんはやんわりと微笑んだ。
そして、その笑顔を貼りつけたまま、
「田中先生、私のこと気に入ってるから」
などと言い放った。
確かに、田中先生は鈴原さんを気に入っていた。変な意味でなく。
去年は担任だったし。何より、鈴原さんは運動が苦手ながらも体育を精一杯に頑張ってたから。
「その根性、気に入った」って、田中先生は言っていた。
姐さんは呆気に取られている。いや、固まっている。
「頭髪検査で引っかかっちゃって、新任の先生と話してた時ね。ちょうど、田中先生が私の近くで別の人を見てたの」
鈴原さんの目が、さらに細められた。
「悔しそうな顔をして、ちょっと涙ぐんでみたの」
ボクも固まった。
「汚くないか? そういうの」
その姐さんの言葉に、今回ばかりは激しく賛成する。
鈴原さんは首を傾げながら、人差し指をほっぺたにくっつける。
「そうかなー。いつも服装とか、ギリギリのところは守ってるし。さすがに2回目はムカッと来たんだよね。ちょっと前まで学生やってた奴なんかに偉そうな口をきいてほしくないっていうか」
鈴原さんは止まらない。
「いざとなったら、教育委員会とかPTAとかも使ってみようかなあって、思ってたんだけど」
「お前……」
姐さんには言葉もない。
「だって、そのために大人しくしてるんだし。だからさあ――」
ボクは未だかつて、彼女のこんな満面の笑みを見た事がない。
「そういうカッコしてるの、実はすんごい損してるんだよ? 本物じゃないんでしょ?」
「な――!?」
「見れば分かるもん。本物はねえ――」
"すんごい、恐いんだよ?"そう言って、鈴原さんはボクの方を振り返った。
ばっちり目が合った。
鈴原さんは、口の端をつり上げて目を細める。
そして、先生のところへ歩いて行った。
母さん。どうやらボクは、初恋の人に目をつけられたようです。

